第7回石垣島マラソン
日付:2009年1月25日(日) 09:20 START
会場:石垣市中央運動公園陸上競技場(スタート・フィニッシュ)
主催:石垣市, 石垣市教育委員会, 石垣市体育協会
共催:琉球新報社
主管:石垣島マラソン大会実行委員会, 八重山郡陸上競技協会
後援:八重山日報社, 八重山毎日新聞社, 石垣ケーブルテレビ, FMいしがきサンサンラジオ, 八重山郡体育協会
2009石垣島マラソンレポート
アップダウンの激しいコースだったので、嬉しい時間内ゴール!
八重山毎日新聞2009年1月26日掲載版
「時間内に完走できてうれしい」。両足義足のランナー島袋勉さん(45)は、ハーフを2時間57分26秒で完走し、満面の笑顔を見せた。
一昨年の大会では、ゴールしたものの制限時間をかなりオーバー。今回は、義足の身長を上げ、体重を昨年11月ごろから4キロ落とした。「体重を落とした分、負担が減った。天気も曇りで熱くなくて良かった」と、レースを振り返った。
島袋さんは01年の交通事故で両足を失い、苦手で避けるようになっていた動くことを克服するためにマラソンを始めた。「とても苦しいが、やり遂げた達成感が良い」という。 石垣島マラソンは「アップダウンがきついが、景色が良く、楽しい」とか。
来週は名護ハーフマラソンに出場する。「いつかはNAHAマラソンを走りたい」と、次への意欲を見せた。
八重山日報 2009年1月26日掲載版
やり遂げ充実感 義足のランナー、島袋さん
義足のランナー、島袋勉さん(45)=那覇市=は、ハーフで石垣島大会での初完走を果たし「坂が多くて厳しかった。うれしい」と晴れ晴れした表情を見せた。
会社を経営しているが、2001年に交通事故で両足を失った。義足での生活を余儀なくされ「動いたり、歩いたりするのが苦手だった」と振り返る。
「苦手のものを避けてはいけない」とマラソン挑戦を決意。これまでに、二十回近いフルマラソン経験を積んだ。
「とても苦しい。義足なので、長時間走ると足が締め付けられる。血行が悪くなり、骨が当たって痛む。でも、やり遂げたという充足感がある」。レースで自分との戦いを乗り越えてきた。
「景色が良くて楽しい」という石垣島大会だが、初参加した一昨年の大会では、ゴールに到達したものの時間切れで涙をのんだ。今年は減量などの対策に励んだという。念願の完走を果たしたが「沖縄ではまだフルマラソンを走っていないので・・・」と早くも次の目標を据えた。
島に多くの感動と勇気 石垣島マラソン大会2009年1月29日
喜びいっぱいにゴールする斉藤玉貴さん(中)と伴走者の大見謝辰男さん(右)、増川育代さん
【石垣】第7回石垣島マラソン大会(石垣市、石垣市教育委員会、石垣市体育協会主催、琉球新報社共催)が25日、市中央運動公園陸上競技場を発着点に行われ、フルマラソン、ハーフ、10キロの3部門で1981人が完走した。初参加した盲ろう者の力強い走りや、孫ほど年の離れたロープランナーコンビのフルマラソン初挑戦、2年越しに完走を果たした義足のランナーに、沿道や競技場からは感動の拍手が巻き起こった。
視覚と聴覚、2つの障害のある斉藤玉貴さん(41)=山形県=は伴走の大見謝辰男さん(56)=石垣市、増川育代さん(42)=同=とフルマラソンを4時間57分3秒で完走し、両手を上げて喜びいっぱいにゴールした。
事前に、大見謝さんが1キロごとの目印になる建物などを書き込んだA4用紙2枚のリポートをファクスで送り、斉藤さんはわずかに残る視力で虫めがねを使って、コースを頭にたたき込んだ。
「今回は楽しみながら走ろう」と思った斉藤さん。カメラを手に沿道の景色を写真に収めた。
斉藤さんが走り始めたのは10年前の全国障害者スポーツ大会出場がきっかけだった。「気持ちよく走れた」と走る楽しさを感じていたとき、2000年のシドニー五輪で高橋尚子選手が金メダルを取ったことに「すごい。私も頑張ろうと思った」とフルマラソンに挑戦。これまで全国各地で10回以上フルマラソンを完走し、自己ベストは3時間58分の実力者だ。NAHAマラソンで伴走を務めた大見謝さんが石垣島に転勤したことから、「石垣島を走りたい」と初挑戦した。
申し込み時点で整っていなかった盲ろう者の受け入れ態勢だが、初の触手話通訳を用意するなど、斉藤さんの挑戦が切り開いた。大見謝さんは「みんなの頑張りが、家に閉じこもっている障害者たちが外に出て一緒にスポーツを楽しめるきっかけになる」と強調した。
(深沢友紀)
義足のランナー、島袋勉さん(45)=那覇市=は、ハーフマラソンを2時間57分26秒で完走し、2年越しのリベンジに成功。信条の"夢をあきらめない"を体現した。
2年前の同大会もハーフに出場したが、制限時間の3時間をオーバーし、失格。「一歩の歩幅が長くなるから」と、今年は義足を少し伸ばした。体重を落とした方が負担が軽くなるので、十一月から4キロ減量した。
2001年の事故で両足を失った島袋さん。「動いたり歩くのが苦手になった。それを避けていてはいけない」とマラソンに挑戦し始めた。
「やり遂げた達成感はやっぱりいい」と満面に笑み。島袋さんがホノルルマラソンを走る姿に感動し、石垣島を走ろうと声を掛けた嵩原督さん(56)も一緒にゴール。2年ぶりの目標達成に「自分のことのようにうれしい」と喜んだ。
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