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残しておきたいなでしこ"折れない心"

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残しておきたいなでしこ"折れない心"

*****筆者 = 了戒美子 *****

笑顔で世界の頂点に立ったなでしこ。
最強アメリカを倒した"折れない心"。

「もしも優勝したら泣きますか?」

 準決勝翌日つまり決勝の3日前、そう尋ねられた指揮官佐々木則夫の回答が面白く、かつ印象的だった。

「いやー泣かないでしょう。もしもU-20の若いチームが優勝したんだったら分からないけれど、僕はなでしこたちの強さを知っているから、まあ泣かないと思う」

「女性のことを強いなんて言ってはいけないか......」などと笑いながら付け加え、茶化してみせはしたが、彼女らとともに佐々木が積み重ねてきた日々の重みと信頼関係が窺えた気がした。

 なでしこが世界の頂点に立った。それも、アメリカを相手に、2度のリードを許しながら、延長まで持ち込みPK戦で下すという、離れ業の末にだ。

 アメリカは、世界ランク1位であるだけでなく過去24戦して3分21敗という、日本からしてみれば絶望的な相手だ。'08年の北京五輪準決勝でも対戦し、明らかな力の違いを見せられ2-4でねじ伏せられた苦々しい記憶もある。今大会直前、5月のアメリカ遠征で行われた親善試合では2戦とも0-2で敗れている。

 アメリカにしてみればお得意様、カモもいいところ。口でなんと言おうが、舞台が決勝であろうがなかろうが、必ず降さねばならない相手でもあったはずだ。

アメリカの圧力に、なでしこのサッカーができず苦しんだ前半。

 決勝の立ち上がり、そんな雰囲気がありありとしていた。アメリカは早い時間帯に勝負をかけてきた。高い位置からプレッシャーをかけて日本ボールを奪い、猛攻を仕掛けてくる。なでしこと違い、強いパスを持つ彼女たちはボランチから一気にゴール前に長いボールを入れて来たり、1本のパスでサイドチェンジをはかる。かと思えばしっかりとつないで崩しにかかってくる。攻守に多彩で、明らかに地力で勝っていた。

 受けに回ったなでしこは対応に苦しんだ。ボールを持っても、相手に寄せられると前線に長いボールを蹴りだしてしまう。相手の圧力に押され半ばやみくもに蹴っていたのでは、フォワードにボールも収まらず、相手ボールになって劣勢を招くだけでなく、パスをつないでいく日本の良さがでない。

 なでしこのサッカーとは、小柄で、キック力も明らかに劣る上に、単純なスピード勝負でもおそらくアメリカを始めとする強豪国の選手たちには勝つことができないという認識が前提にあるサッカーだ。ではどうするか?

 労力をおしまない。プレッシャーをかけ続け、中盤から丁寧につなぎ、人数をかけてゴールに迫るサッカーだ。相手よりも走り、相手よりもボールを動かすことで、個人個人の能力の差を埋める。埋めるだけでなく、綿密な分析の上に成り立つ戦術と、それを理解する選手たちの知性、そして成熟と信頼関係をあわせて必要とする、というサッカーだ。

劣勢でも、相手のペースを見越していたなでしこたち。

 だが逆になでしこたちは、このサッカー以外の選択肢を持たない。つまり男子サッカーで、中東などの格下が日本に対して見せるような、引いて守って、前線の足の速い選手を走らせるようなサッカーや、長身選手を前に置きターゲットとするパワープレーのようなサッカーはこのチームでは成り立たないのだ。

 前半のように受けにまわって蹴っているばかりのサッカーではなでしこの良さは出ない。佐々木は「落ち着いてつなげと指示するだけでいっぱいいっぱいだった」と前半を振り返る。

 選手たちが逞しかったのは、前半の自分たちの出来と、相手のペースを見越していたことだ。安藤梢は言う。

「相手が飛ばして来ているのがわかった。だから前半0-0で折り返せばチャンスはあると思った」

 日本は徐々にリズムをつかむが69分、前線でキープしようとしたところを奪われタテパス1本で運ばれると、後半開始から途中出場のモーガンに叩き込まれてしまう。それでも焦らないのが今のなでしこ。81分には右サイドから永里優季の速いクロスを丸山桂里奈が体をはってキープ、相手のクリアがこぼれたところを最後は宮間あやがネットを揺らした。

 勝利を確信していたアメリカのほうが落胆ぶりは大きく、また安藤の言葉通りアメリカのプレーにも疲れが見えだした。

「心が折れそうになった瞬間? そんなの全然なかった」

 延長戦に入っても、同様の展開が見られる。延長前半終了間際の104分に中央でフリーになったワンバックが左クロスを頭で合わせ勝ち越す。

 ここで心が折れても良さそうなところだが、この日のなでしこたちは違った。

「まだ延長前半だったのでチャンスがあると思った。本当に焦ったのは、立ち上がりだけ」と近賀ゆかりが話せば、指揮官も、

「心が折れそうになった瞬間? そんなの全然なかった」と笑い飛ばす。

 試合終了間際の117分には、宮間の左CKに反応した澤穂希がニアサイドに飛び込む得意の形で2度目に追いつくと、アメリカはメンタルごとやられてしまった。

信頼関係を積み重ねてきたなでしこたちが咲かせた花。

 PK戦に入る直前、同じピッチに立つ日本の選手たちには、アメリカの選手たちが明らかに堅い表情に見えたという。一方、なでしこたちは笑顔、笑顔。

「2度も追いついてPKなんてモウケ(儲けもの)だろ! 楽しんでこい」

 佐々木は、選手たちに檄を飛ばし送り出した。

「本当は冗談のひとつも言いたかったんだけど思い浮かばなかったんですよ。だからオレはリラックスしてるというのを伝えるために笑顔を見せました」

 と説明する。

 PK戦に入るとGK海堀あゆみが大当たり。3本連続で止めると、日本は4人目の熊谷紗希が決めて終了。歓喜の瞬間が訪れた。文字通りピッチには笑顔が溢れた。

 得点王と大会MVPを獲得した澤は言う。

「想像もできなかったし、実感がない。みんながあきらめなかった結果です。ここまでの道のりは長かった。若い力が育っていることも頼もしく感じる。いま日本がなでしこで盛りあがっているのも感じるが、これを今だけで終わらせたくはない」

 日本女子代表30年の歴史のうち17年間を背負い続けて来た彼女だからこそ、の言葉だ。

 信頼関係を丁寧に積み重ね、なでしこたちが咲かせた花はとてつもなく美しく輝いた。

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