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9人が乗った小型の木造の船が北朝鮮の港を出発して輪島市の沖合まで

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石川県輪島市の沖合で男性3人、女性3人と子ども3人の合わせて9人が乗った小型の木造の船が北朝鮮の港を出発してきたという...ニュース。

北朝鮮の現状が明らかになることに役立つ機会になり良い方向へ物事が進むきっかけになることを願っています。

★北朝鮮記録

****NHK****

今月13日、石川県輪島市の沖合で発見された男女9人の脱北者は、日本への仮上陸が認められ、長崎県大村市にある入国管理局の施設に移送されました。
今後、韓国に送られる見通しです。
この問題の経緯や背景について、社会部の笠松弘治記者が解説します。

奇跡の日本漂着

今月13日の朝、石川県輪島市の沖合で、男性3人と女性3人、それに子ども3人の合わせて9人が乗った、見慣れない小型の木造の船に地元の漁業者が気づきました。
船にはハングルが書かれ、乗っていた男女が「今月8日、韓国に向けて北朝鮮の港を出発した」と話したことなどから、北朝鮮を脱出してきた脱北者と認定されました。
9人は、翌14日に、長崎県大村市の入国管理センターに移され、今後、韓国に送られる見通しです。

ニュース画像

9人が乗った木造の船は、海上保安官が「北朝鮮から700キロ余り離れた日本まで、よく遭難することなくたどり着けた」と、驚くほど粗末な作りでした。
動力のエンジンは、芝刈り機や耕うん機に使われるタイプとみられ、僅かな出力しかありません。
さらに、ハンドルがないため船尾のかじを手で動かして操る特殊な構造をしています。
こうした船でも、隣の韓国へならたどり着けると思ったのかもしれません。
しかし、予想に反してか、船は5日余りも航行を続け、日本海を隔てた石川県沖にまでやってきたのです。見つかった際、船には、米とキムチが少しありましたが、30リットル積んでいたという水はなくなっていました。

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危険を冒して海上ルートで

脱北者にとっては、海上ルートは危険性が高いと言われていますが、実は、このところ増えています。
脱北者が、船で日本にたどり着いたのは2件だけです。
平成19年6月に北朝鮮を小型船で脱出した4人が青森県沖で見つかったケースと、昭和62年に男女11人が福井県沖に漂着し台湾へ移送されたあと韓国に亡命したケースです。
しかし、ことし6月には、朝鮮半島西側の黄海で北朝鮮の男女9人が木造の小型船に乗り組んで韓国の領海に入り亡命したほか、おととし10月には、木造の小型船に乗った11人が韓国東部の日本海で韓国への亡命を求めました。
こうした亡命のほかにも、船の故障や天候の悪化で船が漂流するなどして誤って韓国側に入ったあと、亡命の意思を表明するケースも出てきています。
海上ルートが増えている背景について、専門家は「陸路での亡命が絶えず、国境付近の警備が厳しくなっているため、船による亡命が増えているのではないか」と指摘しています。

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なぜ脱北

ところで、今回の脱北者の責任者だと名乗る男性は、およそ180リットルの軽油を船に入れて出港したと説明しているということです。
経済が低迷するなか、深刻な食料不足が続き、国民の多くが苦しい生活を強いられていると伝えられる北朝鮮で、なぜ180リットルもの軽油を確保できたのでしょうか。
海上保安庁の聞き取りに対して、船の責任者という男性は「自分は北朝鮮の人民軍の資金獲得のために働いている漁師だ」という趣旨の説明をしたということです。

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このとおりだとすると、日頃から漁船を操船するので、大量の燃料を確保することが可能かもしれませんし、十分な装備がなくても遠方まで航行を続けることができたのかもしれません。

しかし、軍に関係する仕事をして、大量の軽油を確保できる経済力がありながら、なぜ亡命しようとしたのでしょうか。
専門家は、北朝鮮では食糧問題の深刻化などで、一般の市民だけでなく軍の内部でも士気が下がり、韓国に亡命しようとする兵士が増えていると指摘しています。

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今回の9人の行動がこうした事情と関連があるのか、詳しいことは分かっていませんが、北朝鮮の現状を知るうえで、動機の解明は重要です。
また、厳しい監視の目をくぐって北朝鮮の領海外に出ることは難しいとみられることから、どのようにして日本に来ることができたのか、その経緯の解明も今後の焦点です。

(9月15日 20:20更新)

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