日本経済新聞 三浦豪太【探検学校】 スポーツの冒険家たち
三浦豪太【探検学校】 スポーツの冒険家たち
北京では五輪に続いてパラリンピックが開かれた。選手たちには驚異と敬意を感じる。
僕が所属する札幌のスキーチーム「スノードルフィンズ」に田中哲也さんという義足のスキーヤーがいる。長野、ソルトレークのパラリンピック日本代表選手だ。
「片足で滑れるものならやってごらん」。明るく憎まれ口をたたく彼に挑戦したのは3年前の正月のことだ。テイネハイランド再難関の北壁コースを、田中さんと一緒にノンストップで5本滑り下りた。何とか滑り切ったものの、使っていた左足が筋肉痛になり、3日間動けなくなった。
2001年、全盲の米国人登山家エリック・ヴァイエンマイヤーはエベレストの頂上に立ち、世界を驚かせた。米ニュース番組でのインタビューはよく覚えている。「全盲でも登山チームの一員になれることを証明したかった。私は第一にクライマーである。目が見えないのは二の次だ」
僕たちの低酸素室には毎年、義足のランナーとして有名な島袋勉さんがトレーニングをしに沖縄から来てくれる。島袋さんは史上初めて両足義足でホノルルマラソンを完走するなど、数々のマラソンを走り切ってきた。今はエベレスト登頂を目指し、国内外の山々を登っている。
記憶障害も持つ島袋さんだが、講演では「足や記憶を言い訳にすることなく、なければないなりの方法を探し、残っている機能を鍛え、できることに全力を尽くしてきた」と語る。
障害を持つアスリートには、自己の限界に挑むことに慣れている、という共通点を感じる。小さなステップを繰り返していくことで不可能を可能にし、高みへと上り詰めているのだ。
今回のパラリンピックの陸上競技で百メートル走など金メダル3冠を達成した両足義足のランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)選手の目標は、健常者たちと競って五輪の金メダルを取ることだという。「障害によって不可能なのではなく、持っている能力によって可能なのだ」が彼のモットーだ。
彼はこうも言う。「スポーツは人を区別するものではなく、人をつなげるものだ」。国や人種を越え、障害を嘆くよりも自己の可能性を信じて進む。彼らこそ、スポーツを通じた真の冒険家ではないだろうか。
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