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経験から学び訓練し・・・これほどの成長・・・オメデトウ!

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bbl0903261411009 p1 jpg興南,bbl0903261411009 p1 jpg聖光・・と夢に向かう思いを応援していました。

今回の経験が次回の聖光に発揮され全国制覇に向かうことを確信しています!

暑い中,昨日に続く島袋洋奨くんの姿に励みを得ています!オメデトウ!

今年は興南・・・↑昨年の経験が(写真:19奪三振しながら富山商に0―2で敗れた2年)これほどまでの成長!オメデトウ!

新聞記事より↓2010夏甲子園第11日興南記録

◆第92回全国高校野球選手権大会第11日 ▽3回戦 興南4―1仙台育英(17日・甲子園) 史上6校目の春夏連覇を狙う興南(沖縄)が仙台育英(宮城)を4―1で撃破し、30年ぶりに8強入りを決めた。高校NO1左腕・島袋洋奨(ようすけ・3年)が自己最速を2キロ更新する147キロの直球を武器に、10三振を奪い2試合連続の完投勝利。島袋は甲子園通算奪三振を106とし、早実・斎藤佑樹(現早大)や駒大苫小牧・田中将大(現楽天)、横浜・松坂大輔(現Rソックス)を上回り、平成以降では最多となった。興南は18日、聖光学院(福島)との準々決勝に臨む。

 「ヨウスケ」コールが、地鳴りのように響いた。3点リードで迎えた7回2死満塁。最大のピンチにも、島袋は笑みさえ浮かべていた。「我如古(主将)から『笑え』と声が掛かっていたから」。2番・佐々木憲(3年)へは6球すべて直球勝負で中飛に仕留めた。「ホッとしました」。歓声とため息が、心地よかった。

 初回の1球が試合を決めた。2死一塁から4番・井上信志(3年)に投げた2球目で自己最速を2キロ更新する147キロをマーク。1、2回戦は変化球を駆使してまとめていたが、上半身が早くホーム方向へ倒れる悪癖を矯正したことで、伸びのある直球が復活。低めに決まる140キロ台の速球を武器に三振の山を築いた。

 9回に2試合連続2ケタとなる10個目の三振を奪い、甲子園での通算奪三振数が106となり、松坂、斎藤、田中という甲子園V右腕の記録を抜き、平成以降ではトップに立った。「記録は記録」と冷静に受け止めたが、島袋にとって、斎藤と田中は特別な存在だ。「あの決勝引き分け再試合は(高校野球で)もっとも印象に残る試合だった」。2006年夏の決勝戦、早実・駒大苫小牧戦で延長15回を投げ合い、一歩も譲らなかった2人の熱投は、島袋の胸に深く刻み込まれた。

 一人で7試合を投げ抜いた斎藤からは「表情を変えないで投げる」精神力の強さを学んだ。田中については、我喜屋優監督(60)が駒大苫小牧も指導していた縁から当時の話をよく聞いた。「ミーティング中も片足で立つなど、いつも何かトレーニングしていたそうです」。エースとしての振る舞いや、勝つための準備の大切さを2人から教えられて今がある。

 あの日の涙を忘れない。すべての始まりは、19奪三振しながら富山商に0―2で敗れた2年のセンバツ。「悲劇の敗戦投手」として注目を浴びた少年はもういない。「ずっと夏の連投を考えて練習してきた。その成果をみせられます」。きょう聖光学院と激突。初めて経験する夏の連投にもワクワクした表情を見せた。

 頼もしく成長した背番号1に我喜屋監督も「要所を締めたのが勝因」とうなずいた。指揮官が主将を務めた1968年と並ぶ4強入りへ、そしてその先へ。平成の奪三振王が描く夢物語はまだ終わらない

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