« 前へ | トップページ | 次へ »

再会の喜び・・・

[ ]

NYマラソン前.JPG NYに向かう直前に作家の神渡良平氏と奥さん・家族でお世話になっている平田和子さんと伊藤修一郎さんが駆けつけてくださり兄と主人と共に懐かしい話に花が咲きました。

神渡良平氏は2年前の2006年のホノルルマラソン兄の伴走を志願。しかしドクターストップ!脳梗塞の経験もありますので10㌔まで兄と走りその後、ゴールで待つことに!

ホノルルマラソン当日、同室のホテルから元気に神渡良平氏と兄はスタート地点に向かい一緒にスタート。

義足の中の断端部の激痛が出るまで兄はスピードが速いため神渡氏と、はぐれてしまったのです。

10㌔地点を通過すると「神渡氏はゴールに向かっておられるだろうと・・・」と、思いつつ、兄と私は折り返しのハワイカイに向かって前進。折り返し地点を通過し30㌔を過ぎたころから、兄の断端部の激痛と痺れのため義足を何度も脱いで骨の激痛が緩和するのを待っていました。

すると後ろから兄と私と同じライトグリーンの"ラシーマTシャツ"の姿が・・・?なんと神渡良平氏・・・!「私だけ10㌔でゴールに向かうなんて・・・できないですよ・・・」と呼吸の乱れた真っ赤な顔で、ずっと追いかけてこられたと!足を引きずるながら。

それから、私は兄の心配どころではありません。脳梗塞の経験がありドクターストップのかかっている神渡氏に何かあったら!と、真っ赤な顔が心配でした。

兄が義足を装着し前進すると、一緒に前進しゴールまで向い完走されたのです。

真っ赤な顔で心臓もバクバクされている状態で兄が、義足を脱ぎ汗を拭くと痛い足でかがみ兄の足をマッサージする姿に神渡さんのあたたかなお人柄を感じました。

マラソン後、一足先に神渡氏は帰国。兄と私は成田空港に到着後、平田和子さんの運転してくださる車で神渡宅へ。まず、お会いしてお元気な姿に本当にホッとしました。その後の「ヤマトタケル」の執筆、完成を考えると・・・何はともあれお元気で嬉しく思いました。

伊藤修一郎さんは昨年の第1回の東京マラソンを走る兄の伴走を志願。しかし、東京マラソンは伴走不可能のため大型リュックを背負い、歩道を前進されたのです。
伊藤さんは「マラソンの経験はないのですが、太極拳で鍛えていますのでどうにかなります・・・」と。
私は伊藤さんのあまりにも大きなリュックに驚きました。
兄はすっかり伴走の必要もなく水分をリュックに背負って42,195㌔走るまでになっていますが、温かい思いの応援者に囲まれ感謝しています。

平田和子さんは私達家族をいつも 優しく気遣い支えてくださるユーカリのお母さん。

ご感想やメッセージを、コメントやトラックバックでお気軽にお寄せください。

トラックバック(0)

このブログ記事に対するトラックバックURL:

コメント(2)

千葉県茂原より :

すごいチャレンジのエネルギー源におどろいてしまいます。
お兄さんもですが、智美さんがそれにつき合えているのが不思議です。
智美さんがすごい!・・・
いつも、すばらしい笑顔をありがとうございます。再見!

伊藤修一郎

平田和子 :

寒いN.Yから温かい沖縄に・・・気温差をものともなさらず、また多忙な日々をお元気に過ごしていられることでしょう。
N.Yの街を、人々を、より強く感じながら走られたことでしょう。
私も四年間住みました街を今いちど思い出し、みなさんが走っている様子を思い浮かべておりました。・・・「休む間もなし」が日常でいらっしゃるのでしょう。
どうぞお体大切になさってくださいね。

コメントする