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さまざまな仕方で支えられ、励まされていることを実感し感謝する日々

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私自身さまざまな仕方で支えられ、励まされていることを実感し感謝する日々です。
私の母は1989年7月に信号待ちで停止中に後部より追突され、救急車で搬送され最初に脳手術を受けたのです。その後、幾つもの問題が生じ2000年までの11年間に関係する脳手術を11回受け入退院を繰り返してきました。
その時、その時、最善の医療を受けられるように、いろいろと支えていただけたことにも感謝しております。
そして手術の後遺症や、術後の細菌による感染で髄膜炎になり幾つもの問題が深刻化しているのも事実です。
2003年に私と主人が母と一緒に住むために沖縄に移住し12年が経過しましたが、その間は病院ではなく自宅で看護しています。脳細胞の損傷は深刻な状態で、脳からの指令が難しい状態になると、いろいろま症状が出ています。しかし脳が繋がるとよく考える習慣があった母ですので、私が質問しますと思ったことを語り、会話ができるのです。
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その会話により私は励みを受けているのです。
昨日もそうでした...
昨年の9月より母が夜中に心臓が止まるような症状が出たり、苦しむことが増え私が母のベットで一緒に寝て、すぐに刺激を与えたり、水分を補給したり対処するようにしています。昨晩も母が夜中三時間ほど苦しんでいたのですが、その後目が合うと私がしっかり見えているようでじっと見て、にっこり微笑み「ありがとう...ありがとう」...と、私の手を握るのです。苦しんだ後で、ぐったりしていましたが目がしっかりしていい表情をしていたので「お母さん...とてもいい表情...どうしてですか?何を考えているのですか?」と私が質問したのです。すると...
「自分で動けていた頃は自分で排出ができないことは大変なことと思っていたけど...本当に大変なことは自分で生きていると錯覚することだと、本当の意味で理解させていただいたの...」としっかりした目で語るのです。
「自分で生きていると錯覚するとは、どういう意味
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ですか?」と私が質問しますと...
「自分で生きていると思い、生かしていただくために、どれほどのことが行われてきて、現在も行われているかを認識し感謝できないことだと、今...理解させていただいたの...」と母が微笑みつつ語るのです。

母の現在の状態で...この会話...

何時間か前まであれほど苦しんでいた母...
しかしその後...この言葉...
母がこのようなことを考えているとわかると...
私も本当に励まされるのです。

身体中の痛みや自分で排出できない状態でも深い感謝の気持ちがどれほど脳に刺激となっているのか...
コミュニケーションのおかげ...

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