どうなるのかよくわかりませんでしたのでお知らせできずごめんなさい
兄(島袋勉)がどうにか退院できましたので皆さまにお知らせいたしました。
個人的には連絡が遅れ申し訳ありません。4月7日追突されてしまい搬送され、脊髄が破損する大きな衝撃を直接受けておりましたので、その後がどうなるのかよくわかりませんでしたのでお知らせできず、ごめんなさい。
兄と約束がある方にのみ事情を伝え調整のために連絡をさせていただき、このページを見て連絡くださった方には状況をお知らせしておりました。
4月7日の事故前の状態に回復するまでには約一年ほど時間はかかるようですが、まず8月17日に追突されてから132日ぶりに退院し、今後は通院しながら自分でリハビリすることになりましたのでお知らせいたしました。4月14日に右肩プレート固定手術を受け、肩が元の状態で機能するように固定しています。順調についているようですので術後半年ではプレートを取り出す手術を行い、その後本格的な肩のリハビリとなるようです。
このページで時々経過をお知らせしておりましたが、何人もの方から状況の問い合わせがありましたので苦しそうな記録は省き、事故後から救急搬送され手術を受けた病院とリハビリ専門の病院での経過が少しわかるように家族記録を見れるようにいたします。
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2016年4月7日脊髄破損 右腕骨折 4月14日右肩プレート固定手術
救急搬送の連絡を受け、胸がつまる思いで病院へ行くと兄は突然後ろから追突され激しい痛みの後は気を失っていたようで事故状況はわかっていなかったのですが、家族に心配をかけないように身体の痛みを堪えなが一生懸命「大丈夫」と答えていました。
脊髄が破損した状況が上手くつくことを最優先させ追突されて二週間はずっと寝たままの状態で頭も上げることができず、人生初の二週間寝たまま同じ体勢でとても苦しそうでした。
次第にベットで寝たままの状態で少しずつ頭を上げることができるようになりました。
5月 硬いコルセットを装着し身を起こせるようになりました。
右腕のギプスで巻かれた部分の中がとても痒くなり、指先が器用な兄は左手を使い、ワイヤ-をひねりギプスの中の痒い所に届くような重宝な道具を作っていました。身を起こせるので、いろいろ工夫して右手が使えなくても仕事ができるように常に前向きに取り組んでいました。
退院したい焦りと痛みのなかで「辛抱強く待つ」ことを学んでいる兄でした。
5月30日に事故後手術を受けた病院よりリハビリ専門の病院へ転院しました。
動けない時でも焦る気持ちを明るくするためにコルセットを明るい色に!
7月 入院してはやくも三カ月も経過して気持ちは焦る兄でしたが、今できることをしたいとコルセットを装着して階段の上りに励んでいました。冷房のきかない階段を汗を流しながら上る兄に母はとても励まされていました。
硬性コルセットから軟性コルセットになり、自主的に痛みのなかさまざまなことに挑戦。
義足を作る時も常により活動できるように非常にシビアな兄でこれまでも研究を続けてきただけに、今回あまりにもアバウトなコルセットの作り方で一人ひとりに合った作り方をしていないあまりにもアバウトな作り方に嘆いていました。
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